成田山の表参道を歩くと、何軒ものうなぎ屋が軒を連ねています。「成田といえばうなぎ」というイメージを持つ方も多いでしょう。でも、なぜ海から離れた成田でうなぎなのでしょうか?

江戸時代から続く「精進落とし」の文化

成田のうなぎの歴史は、 江戸時代中期 まで遡ります。

当時、江戸から成田山への参拝は「成田詣で」として大変な人気がありました。片道約60km、徒歩で2〜3日かかる道のりです。参拝者たちは道中、肉や魚を断つ「精進潔斎」をしながら歩いたといいます。

そして、無事に参拝を終えた帰り道——。

「精進落とし」として、うなぎを食べる という習慣が生まれました。

なぜ「うなぎ」だったのか

当時の成田周辺には、利根川や印旛沼など豊かな水系があり、天然うなぎが豊富に獲れました。さらに、うなぎは栄養価が高く、長旅で疲れた体を癒すのにぴったり。

江戸時代後期には、表参道に何軒ものうなぎ屋が並ぶようになりました。現在も営業を続ける老舗の中には、 200年以上の歴史 を持つ店もあります。

「成田詣で」ブームと歌舞伎

成田山が爆発的な人気を得たきっかけの一つが、 歌舞伎役者・初代市川團十郎 です。

團十郎は成田山に深く帰依し、成田山を題材にした演目を多数上演。これが江戸っ子の間で大評判となり、「成田詣で」ブームが起きました。年間数十万人が成田を訪れたともいわれています。

参拝客が増えれば、うなぎ屋も繁盛する。この好循環が、成田のうなぎ文化を確立させました。

現代に受け継がれる味

明治時代に入り、鉄道が開通すると成田へのアクセスは格段に便利になりました。しかし、参拝後にうなぎを食べる文化は変わらず続いています。

現在、成田山表参道には約60店舗の飲食店があり、そのうち うなぎ専門店は10軒以上 。江戸時代から続く老舗から、新しいスタイルの店まで、さまざまなうなぎを楽しめます。

まとめ

成田のうなぎは、単なる「名物グルメ」ではありません。

江戸時代の庶民の信仰心、長い参拝の道のり、そして帰り道の喜び——そうした歴史と文化が詰まった一皿なのです。

次に成田を訪れた際は、ぜひ「精進落とし」の気分で、うなぎを味わってみてください。